■ 私のEARC
時は2003年。私は大学3年生。東アジアを襲ったSARSの猛威。ホスト国マレーシアはEARC中止という重い決断をした。
その半年後、ある宣教師主事が私の横で眉をひそめがならいった。「EARCが開催されなかったことは、これからの東アジアの宣教にとって大きな痛手だよ」
そこまで意味のある大会に申し込みすらしていなかったことを悔しく思った。中止になってしまったのだから、申し込みをしていようがいまいが、私は参加できなかっただろうが・・。
「東アジアの宣教」という大きな意味でEARCを見れていなかったことへの悔しさだったのだろうか。その痛みを共有していなかった自分への憤りだろうか・・。うまく思いだせない。
2008年、5年越しの参加だ。
EARCの持つ可能性を「伝聞」から「確信」にかえてやろうと、私はひそかにもくろんでいる。
(関東地区主事 高木創)

