■ 北陸地区より
だいぶ遅くなってしまってすいません。北陸地区全協です。北陸地区では今年度、祈り、献げるのと同時に多くの学びの機会を持ってきました。
私たちがEARCに参加する・参加を促すのはなぜだろう?
日本で開かれるから?世界が広がるから?楽しそうだから?せっかくだから?
きっと理由は様々である。
でも、だからこそ、知っておかなければならないことがある。
単なるテンションだけでなく、主にあっての誠実な交わりのために。
毎月の県別祈祷会、そこで大田和先生著の『アジアのキリスト者とともに』を読む。93EARCでの謝罪と新しい気づき、悔い改めることをしない、悔い改め続けることを忘れる私たち。過去のことではい、今にもつながる大きな問い掛けがそこにはある。
9月にもった秋セミナー。関東の松元主事を招いてのこのセミナー。私たちがすでに、主にあって和解させられている。その一点でキリスト者は「ともに」歩んでいけることを知る。
2月11日。信教の自由を守る日を覚えての2.11集会。そこで語られたのは他でもない悔い改め。私たちが歴史を学ぶのは、そこに映し出されるキリスト者・教会の本質的な弱さを知り、問題を知り、今に帰り、この時を点検し、その先につなげていくため。
2.11集会、その最後で一つの大きな問い掛けと「宿題」が出された。
「KGK60周年を迎える今年、KGKが悔い改めるべき事を見つめ、告白して欲しい」
ここに求められるのは誠実さ。KGKという運動が今日まで続いてきたことを素直に喜びつつ、そこから学ぶべき事を、応えるべき事を、祈るべき事を告白していかなければいけない。
EARCがその一つの場所であることは確かだ。
そこには同じ主を見上げる兄姉たちがいる。そこには確かに歴史がある。
同じ歴史に生かされ、キリストの幹につながる枝としての兄姉たち。
EARCで、彼らと何を語るだろう。彼らに何を見せるだろう。
彼らと何を祈るだろう。
期待して、追い求めていきたい。

